中国の製紙術の発明と発展
2026.08.27西漢時代、東方朔という人物が漢の武帝に上書しました。伝えられているところによると、彼が書いた奏本には三千枚もの簡牘が使われており、二人がかりでようやく持ち上げることができるほどでした。簡牘は竹や木で作られていたため、かなり重く、かさばるものでした。持ち運びを便利にするため、人々は絹帛に文字を書くようになりましたが、絹帛は非常に高価で、広く普及させることは困難でした。人々は何度も試行錯誤を重ね、ついに紙を発明しました。

考古学者は、陝西省西安、甘粛省天水、敦煌などの地域で、西漢時代の麻紙を発見しています。その中には、文字や地図が残されているものもあります。例えば、天水の放馬灘漢墓からは、西漢時代の紙の地図が出土しました。これらの考古学的な発見から、西漢時代にはすでに人々が製紙の基本的な方法を身につけていたことが分かります。
105年、東漢の宦官であった蔡倫は、先人たちの経験をまとめたうえで、製紙技術を改良しました。樹皮、麻の繊維、ぼろ布、古い漁網などの植物繊維を原料として紙を作り、紙の品質を大幅に向上させました。

人物紹介:蔡倫(?―121年)
蔡倫は桂陽の人で、若い頃に宮廷に入り、宦官となりました。彼は頭がよく機転が利き、皇帝から高く評価されました。その後、皇室の手工業工房を管理する役職に任命されました。彼が監督して製造した刀剣は、丈夫で鋭く、しかも非常に精巧なものでした。
蔡倫は先人たちの製紙の経験をまとめ、何度も試行錯誤を重ねた結果、軽くて経済的で、実用性にも優れた紙を作り出しました。その後、彼は「龍亭侯」に封じられ、人々は蔡倫の製紙方法によって作られた紙を「蔡侯紙」と呼ぶようになりました。
参考文献:《义务教育教科书·中国历史 七年级上册》